福島:大熊町 【福島原発近隣のダチョウ園…警戒区域の中で生き延びて】

Posted Date: 2011, 8/25, 0:15
~ ”「お前生きてたか、この野郎」。思わず叫んで手を振った。ボスは気付かず悠然と歩いていった” ~

●飼育者 一時帰宅で姿確認

東京電力福島第一原発のある大熊町で、今もダチョウが歩き回っているかもしれない。第一原発から約6キロ離れた山で、10年前からダチョウ園を経営していた富沢俊明さん(73)は「生き延びてほしい」と願っている。

◎第一原発の大熊町/地域おこしの希望だった…

3月11日、突然の大きな揺れに襲われたのは、ダチョウにえさを与えていた最中だった。30羽のダチョウは驚いて走り回り、フェンスに頭をぶつけた。翌日、原発事故のため、富沢さんはダチョウを残して川内村の親類の家に避難した。

6月上旬、許可を得て牧場に一時戻ると、ダチョウは半数以上死んでいた。死体を片付けるうちに滞在時間が過ぎ、車を走らせていたその時。あぜ道を1羽のダチョウが歩いてきた。

大きな体つきに姿勢の良い歩き方。開園当初から飼っている“ボス”に間違いない。「お前生きてたか、この野郎」。思わず叫んで手を振った。ボスは気付かず悠然と歩いていった。

園がオープンする前から、ダチョウは第一原発のマスコットだった。少ないえさで走り回る姿が、少量の燃料で大きな電力を生み出す原発のイメージに重なるとして、第一原発の見学者用ホール近くでPR用に飼育されていた。

「愛嬌(あいきょう)もあるし、肉も卵も活用できる。地域おこしができるんじゃないか」。富沢さんは原発のダチョウを眺めて考えた。北海 道や沖縄の牧場で飼い方を学び、南アフリカから9羽を買い付けた。ダチョウは飛ばないし鳴かないので、周囲に迷惑がかからない。一方、発情期のオスは気性 が荒く、蹴りかかってくることもある。「寒さと高湿度に弱く、生後4カ月までは特に気をつかった」

事業は年々拡大し、妻の千里さん(69)らと世話を続けた。自慢は卵で作ったケーキやクッキー。革でバッグやベルトを作り販売した。昨年10月にはダチョウ料理を振る舞う食堂を設けたばかりだった。

「ダチョウは地域おこしの希望だった。原発と一緒に夢はつぶれた」と富沢さん。「放射能を帯びた雑草を食べてでも生き延びてほしい。それが最後の願いです」と話した。

http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000001108240005


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